2014年04月19日

(憲法)人権の制約原理 その2





前回、人権には「不可侵性」があるというお話をしました。


しかしながら、それは絶対無制約なものではなく、一定の制約が必要であるということでした。


では、人権は、如何なる場合に、何を根拠にして制約されることになるのでしょうか。


この点、憲法上、以下のようなものが挙げられます。

・公共の福祉
・パターナリズム
・憲法秩序保護
・特別権力関係
(もはや支持されてない)



では、このうち、もっとも重要である「公共の福祉」について考えてみたいと思います。


まずは、これに関する条文を見てみます。


日本国憲法第12条  
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

日本国憲法第13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。




どちらの条文も、「公共の福祉のために〜」とか「公共の福祉に反しない限り〜」と、人権は「公共の福祉」に対しては、何らかの配慮をしなければならないということが見て取れます。



ここで「公共の福祉」っていったい何なの?という発想になるわけです。



憲法にも、「公共の福祉」とは何なのか、ということはどこにも書いてありませんし、この概念は極めて抽象的で、何となくはわかるけれど、その意味についてよく理解している人はそう多くはないのではないかと思われます。



しかし、この公共の福祉という概念は、人権制約の根拠としてとても重要な存在となっています。



この概念を事細かに説明しようとすると、とてもブログ記事では書ききれないので、ここでは学説を紹介しつつ、ある程度大まかに説明していきたいと思います。




○公共の福祉の意味



・一元的外在制約説



なんだか難しい言葉が登場してきましたね〜(汗)



しかし、内容は至って単純で、第12条と第13条の公共の福祉が、人権の種類や内容を問わず、一元的な人権制約の一般原理であり、公共の福祉という概念は、人権の外側にある…とする考え方です。



一瞬、なんのこっちゃ?と思うかもしれませんが、要するに、公共の福祉を人権とは無関係の概念であると考え、人権制約をその無関係なところから人権の種類などは関係なく行うことができるという発想なんです。



「人権制約を人権とは無関係なところから行う」…なんとなくヤバそうですよね。



これは、戦後間もなく考えだされた発想ですが、なんとなくヤバそう…と言ったのは、この説によると、国家が恣意的に人権を制約することが可能となってしまい、個人主義に則った憲法の精神に反してしまうからです。



例えば、「政府は何としても税率を上げたいので、税率引き上げに関する政府批判を一切禁止する」なんてことも可能となってしまうわけなんです。



しかしよく考えてみると、これって明治憲法下の「法律の留保」によく似てますよね。



明治憲法下の法律の留保とは、全ての人権は、法律の範囲内においてしか認められない…とするものです。法律ならいかようにでも人権を制約することができたわけなんですね。



なので、この考え方は、明治憲法から日本国憲法に変わった意味がないじゃないか〜などと批判され、次第に支持を失っていくことになったわけです。




次回は、さらに、内在外在二元的制約説、一元的内在制約説について考えていきます。












お読みいただきありがとうございました。


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posted by 行政書士試験WEBアドバイザー YASUHIRO at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | (憲法)人権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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