2014年06月19日

(憲法)パターナリスティックな制約〜過去問/平成20年/問3〜解説2




今回は、平成20年憲法問3の各肢について解説していきます。


前回、議員の発言趣旨をできる限り要約しましたが、ここでさらに短くしてみます。


「不健康になる自由がある!」
     ↓
「だから国が制約するな!」(原則)
     ↓
「でも未成年はいい!」」(例外)

     
とにかく議員は「自由」と言うものを主張していますね。(発言では、自己責任という言葉を用いていますが、責任と自由は表裏一体の関係です)

そして、それに対して「おせっかい」をするなと言っています。(そんなに国にどうのこうのされるのが嫌なんでしょうか)

でも、未成年に関しては少し妥協しているという感じでしょうか。



では、議員の発言趣旨と明白に対立する肢を探しつつ、各肢の検討に入ります。


肢1「文明社会の成員に対し、彼の意思に反し、正当に権力を行使しうるのは、他人に対する危害の防止を目的とする場合である。」


この肢、5つの中で一番難しいんじゃないでしょうか。

なぜなら、文明社会の成員って何のことなのか分からないからです。議員の発言趣旨では、成年と未成年を分けていると考えることができますから。

仮に、文明社会の成員が成年だけと解すると、この肢は明白に対立するとはいえません。

議員は成年に対しては、自己加害防止目的で介入するな、と言ってはいるけれども、介入できる場合を名言していません。しかし、議員の人権を重んじる、個人主義的な考え方から、他人の人権を保護するような場合は、国家が権力を行使することができる、という発想に立っているだろうと推測できます。なので、むしろ肢1は議員の発言と合致すると言ってもよいかと思います。

しかし、仮に、この文明社会の成員を未成年のみ(それはまずないでしょうが…)と考えると、ある程度対立することになります。なぜなら、議員の発言趣旨では、未成年に対しては「おせっかい」な制約もOK!だと言っているからです。他人に対する危害の防止も当然あるだろうけど(ここは上記の推測を働かせなければいけない)、おせっかいもOK!なんだから、肢1とは明白ではないまでもある程度対立すると言っていいかと思います。

では、文明社会の成員に、成年も未成年も含まれていた場合、議員の発言と合致する内容と、ある程度対立する内容が混じることになるわけですが、少なくとも合致する部分はあるわけで、「明白に対立する」とは言えないと考えていいのではないでしょうか。

この肢は考えるのに一苦労です(行政書士試験もレベルが上がったものですね…)


肢2 「日本国憲法がよって立つところの個人の尊重という思想は、相互の人格が尊重され、不当な干渉から自我が保護されることによって初めて確実なものとなる。」


個人の尊重は、不当な干渉から自我が保護されて、確実となる。と要約します。

議員は、個人の自由(自己決定権)という立場から、国が国民におせっかいを焼くことは、原則として許されない。と言っています。

肢2は、不当な干渉を「おせっかい」のこと、自我を「不健康になる自由」と考えると、不健康になる自由がおせっかいから守られて初めて、個人の尊重というものは確実なものになるとすることができます。

議員の発言趣旨の原則部分とかなり内容が合致しますね。これは明白に対立するとはいえないと考えられます。


肢3 「人の人生設計全般にわたる包括的ないし設計的な自立権の立場から、人の生と死についてのそのときどきの不可逆的な決定について、例外的に制約をすることは認められる。」

この肢も悩みます。最後の部分に、「例外的に制約をすることは認められる」とあることから、未成年の例外の場合とおもいきや、最初は「人の〜」から始まってますから、成年も含まれると考えられます。成年について制約できる場合を議員は何も言っていませんが、成年だからと言って、全くパターナリスティックな制約がダメなのかというとそうは考えにくいです。

未成年に関しては、人格的自立の助長や促進のためだけど、成人についても、例えば自殺をする自由なんてものについては、生死に関わるそのときどきの不可逆的な決定であって、それについて制約を課すことも許されてもおかしくはない…そう考えることも別におかしいことではないと思います。議員は直接このことに触れてはないけれども、議員の発言趣旨と「明白に対立するか」と言われれば、そうではないと考えるほうが妥当なのかなと思います。


肢4 「その人間がどういう将来を選びたいと考えるかよりも、その人間がどういう将来性を有しているかという観点を優先するのは、「個人の尊重」原理の要請である。」


議員は、国の関与は極力排除し、「個人の自由」と言うものを重視し、確保しようという考えを持った人だと推測することができますね。

個人の自由意思を重視することが、「個人の尊重」原理の要請であると考えているだろうと推測できます。肢4の文で、どちらが個人の自由意思を表したものかは分かりますね。

そう逆ですね。正しくは、「その人間がどういう将来性を有しているかを考えるよりも、その人間がどういう将来を選びたいかという観点を優先するのは、「個人の尊重」原理の要請である。」

こうすれば、議員の発言趣旨と完全に合致しますね。なので、この肢は、間逆のことを言っているので、「明白に対立する」と考えていいかと思います。


肢5 「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」


憲法第13条の条文からですね。

不健康になるかどうか自由に決めることができる(自己決定権)は第13条の幸福追求権から導くことができます。議員はこの自己決定権に対する国の介入は、ダメなんだと言っています。であれば、幸福追求権から導かれるこの自己決定権は、最大限尊重しなければならない…となります。

議員の発言趣旨と肢5は合致する内容であるということができるかと思います。


この問題は「明白に対立」する肢を選ばせる問題だったわけですが、それは肢4です。最初に意外と簡単な問題だと言ったのは、この肢4が明白に対立するというのが結構簡単に分かってしまうからです。如何に早く肢4を見つけることができるかどうかがポイントです。肢1から順番に考えていってしまうと、途中でわけがわからなくなって嫌になってしまうかもしれません。

全ての肢を細かく検討して答えを導き出そうとすると、かなり難しい問題なのではないかと思います。特に肢1と肢3は。


ということで、長くなってしまいましたが、今回はこれで終わりとさせていただきます。


本日もお読みいただきありがとうございました。












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posted by 行政書士試験WEBアドバイザー YASUHIRO at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | (憲法)人権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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